おまけ「関西モノレール」

 1900年代初頭、西横堀川経由で梅田⇔難波の高架軌道が開業されるも戦災などにより破損が見つかり1950年代に運行が休止された世界。高架軌道の基盤を生かし復旧支援ついでに大阪都心乗り入れを目論む私鉄たちとそのまま廃止に追い込みたい市、何とか復活させたい職員・社員らの奮闘の結果、互換性のない「モノレール」での復活を遂げた架空のさらにIF世界です。


路線図

 小倉のモノレールの如く、梅田の大丸のビルの間から南下をはじめ中之島二丁目までビルの谷間を抜けます。その後西横堀川を南下し本町通、長堀通を跨ぎ湊町南交差点へ出て南海難波駅の横に付け終点となります。車両基地は難波中3丁目付近に設置されます。4km程度の路線ですが、本編大阪高電と同じくターミナル間輸送に重きを置いた路線です。南行は船場長堀駅で、北行は船場本町駅で退避が可能です。(下図参照)


ダイヤ

このダイヤは例によって一例ですが、大体このように東京モノレールのようなダイヤ構成となっております。ラッシュ時はこれを7分30秒周期とすることで毎時24本運行します。


余談

 東京モノレールで利用されているアルウェーグ方式のモノレールが車体を傾け水上を駆け抜けるその姿に魅せられ、これは水都とよばれる大阪で使えるじゃないか!と思ったのが始まりです。本家は曲がりくねった15km近い路線を80km/hで駆け抜けるわけですが、この「関モノ」は4km程度です。最初は本家の様に海沿いを走る、例えば阪神高速5号線を第二阪神線代わりに駆け抜ければ気持ちいだろうと思っておりましたが、どうにも沿線は1990年代にならなくては造成されぬ埋め立て地ばかりでした。完成したとしてもアルウェーグの時代ではなかったのです。短距離でも遊園地のシャトル輸送のようでいいじゃないかと開き直りこの姿となりました。

 また、梅田⇔難波の区間も本編の高電が避けた西横堀川ルートで、大正義御堂筋線とそれを並走し補完する四ツ橋線の真ん中を走るわけです。アルウェーグが走り始めた60年代初頭、それは四つ橋線西梅田開業と同時期でして、何も走っていなかった所に新線2つは厳しいでしょうと思い、敢えて高電ネタを流用する形を取りました。新参の地下鉄と古参の高電、をリメイクした関モノがよーいドンで殴り合いを始めるというまた無茶な設定となってしまったのです。